2017年3月29日水曜日

日名子実三 作 日米学生交歓陸上競技大会 メダル 



久しぶりにメダルの紹介です。
日名子実三による「日米学生交歓陸上競技大会」メダル。
「日米学生交歓陸上競技大会」は皇紀2594年(1934(昭和9)年)に行われます。

以前同年に行われた「日米国際陸上競技大会」を紹介しましたが、この競技大会と同企画で行われたものだと思われます。
http://prewar-sculptors.blogspot.jp/2014/12/blog-post_31.html

一方のメダルは陽咸二、こちらは日名子と構造社作家で押さえてますね。
ただし、日名子の「日米学生交歓陸上競技大会」は草薙剣(くさなぎのつるぎ)を振る日本武尊(ヤマトタケル)と、より日本をイメージさせるものです。
「日米国際陸上競技大会」の方が抑制されており、メダル製作においても政治的な判断があったと思われます。

メダルに描かれた草薙剣ですが、見たところ片手で持つ片刃の剣のようです。
当時においても現物を知っている者はなく、想像で描いた物だと思いますが、逆に片刃の由来が知りたいところです。
振り上げた体躯も面白い。芝居かかってますね。
こういう芝居的な立体の彫刻というものは、日名子であっても制作していません。「彫刻」のあり方に切り分けがあったのだと思います。
文脈が異なると言うことでしょう。
そいうえば、戦時下の彫刻においても刀を振り上げた彫刻というものを見たことが無いような。少し調べてみよう。

さて、この大会に出場した日米の若者たちは、その数年後に兵隊となった者もいたでしょう。
グランドで競い合った者同士が、次は殺しあわなくてはならなくなるとは、時代の不幸を思います。

2017年3月6日月曜日

Intermission 山下清と昭和の美術―「裸の大将」の神話を超えて

服部正、藤原 貞朗著『山下清と昭和の美術―「裸の大将」の神話を超えて』を読む。
私の先生である三頭谷さんをDisっているところが面白い!
確かに『宿命の画天使たち 山下清・沼祐一』を読んで、こういう本にしては感情的だなぁとは思いましたが。

この『山下清と昭和の美術』に書かれていることですが、山下清が戦後、特に式場隆三郎が亡くなる以降、一家を支える画家、またはデザイナー、そして芸能人として成り立つ姿を、美術界も福祉の側からも無視したと言います。
芸能人となった山下を美術界は受け入れなかった。「美術」はそれのみの純粋性を嗜好するからです。
しかし、彼の姿を福祉から見れば、立派な成果です。
彼は家族の援助あれど、彼の力で食っていけるまでになった。
けれど、「美術」に否定された彼を、福祉の結果として肯定すれば、他の障がい者作家の作品たちの「美術」としての評価をも失いかねません。
「美術」として評価されるから、彼ら障がい者の作品はすばらしい...といった図式が崩されてしまいます。
ゆえに福祉の側からも山下清を無視します。

福祉として成果が上がれば美術としての評価が下がる。
こういうジレンマをアール・ブリュットは抱えているわけですね。


ここにどんな精神疾患をも治す薬がエヌ氏によって発見された。
この薬を飲めば、どんな心と脳の病気をも完治する。
ノーベル賞候補と言われたエヌ氏だが、思いもしなかったところから非難を浴びた。
彼の薬によって、およそアール・ブリュットと呼ばれた作家達が描けなくなったのだ。
そこに残ったのは、素人の絵を描くただの人だった…

こういう場合、私たちは何処に価値を置くもののでしょう?