2013年3月9日土曜日

彫刻の「教育」に就て

昨今、日教組や体罰の問題、柔道界や相撲界においても、戦後教育について色々な議論がなされています。
元来教育とは、それそのものが権力構造をもったものであり、何を教え、何を教えないかなどイデオロギーを内包するものです。
戦前中の国家主導による教育が、民間主導になったからといってそれが変わるわけではなく、右から左へと権力とイデオロギーが移り、ただ時代が求める「教育」だけが変わって、需要に供給が追いついていないというのが現状であろうと思います。
 その狭間の子供たちには負担がありますが、近代国家による間接民主制の限界のように、受け入れるしかない近代教育システムの限界なのだろうと思います。

そういった教育システムについて、近代彫刻界ではどうであったかと言うのが今日の話です。

まず明治初頭は、例えば高村光雲などは、江戸時代から続く丁稚制度により技術を学んでいます。
そこに登場するのが岡倉天心による東京美術学校で、光雲もそこで教鞭を取ります。
しかし、天心は光雲に直接「教育」をすることを求めず、ただ学生に仕事を見せて欲しいと求めます。つまり丁稚の伝統がまだ息づいているのですね。

美術学校模範石膏塑像(帝国美術出版協会藏版)

東京美術学校にしても、新技術である「彫塑」について教育の技量があるわけでもなく、学生との手探りの状況でした。
その後、教育技術も上がり、東京美術学校から朝倉文夫や北村西望、建畠大夢の「文展の三羽烏」と呼ばれる彫刻家たちを含め、戦前後に活躍する彫刻家たちが育っていくようになります。

 「文展の三羽烏」による国会議事堂内にある銅像
朝倉文夫作「大隈重信」像、北村西望作「板垣退助」像、建畠大夢作「伊藤博文」像

その朝倉文夫の考える教育システム実施の場が、昭和に入り始めた「朝倉塾」でした。
そのイデオロギーは、一言で言えば心身の鍛錬が彫刻の技量の向上に繋がるといった精神論です。
まずは掃除と植物を育てさせることから始まり、彫刻家に必要なのは足の指の鍛錬だと、冬場でも裸足でした。デッサンをさせず、粘土による模刻を徹底させます。
朝倉が言うには「教えれば教えただけしかよくならないものですよ。それだから教えるのではない、一つの暗示を与えるのです。そして其の人がそこで自分で発見するように仕向ければいかんですな。」と丁稚教育法と近代的な自由意思を尊重する教育法とが混ざっているような独特の教育を行います。
こうしてできた朝倉塾により展覧会(塾展)が行われ、その技量がお披露目されます。さらに、それに留まらず官展にもその影響を与えるようにもなります。
まさに、教育のもつ「権力」指向が発揮されるわけです。

ここで問題なのは、朝倉文夫が天然の天才だったってことです。彼にはできることが塾生にはでない。長嶋茂雄監督時代の巨人みたいなもので「ガーッときたらバーッといってダーって打つ」では教育にならないわけです。
そのために彼のあとを継ぐ者が生まれなかった。
たしかに、朝倉塾を引っ張ってきた安藤照や、塾頭だった日名子実三などの才能を生み出しはしましたが、彼らは二人とも朝倉から離反しています。
朝倉文夫の強い個性には、近代の「教育」は合わなかったようです。

  長谷秀雄作 「錬成十題 其四」 第十三回朝倉彫塑塾展覧会(昭和16年)

その頃、東京美術学校はどうだったかと言えば、教授は同じく朝倉文夫であり、その息のかかった建畠大夢、北村西望でした。朝倉はここでも独特の教育法を行なってはいたが、この三教授のトライアングルのおかげで、全体的な教育はうまくこなされていたようです。学校は最先端技術と思想の場としてあり、学生は自由を重んじ、学生運動の盛んな70年代の東大のそれに近いイメージでありました。
昭和初期の東京美術学校には、「プロレタリア美術運動」の波が押し寄せ、第1回プロレタリア美術大展覧会へは、多くの学生が出品します。

しかし、戦争という時代の流れからか、そういった活動を制限させられ、教授陣も 朝倉文夫や建畠大夢、北村西望から、日本美術院の平櫛田中や石井鶴三に変わることとなります。
学徒出陣などもありながら終戦を迎え、東京芸大へと移行するわけですが、彼ら平櫛田中や石井鶴三は同学校でも教鞭をとっています。

彼らの教育思想が戦後世代にどう影響を与えたについては、また調べていきたいと考えています。

日本の近代彫刻教育は、「像ヲ造ル」以後、国策として順調に進められていったのではないでしょうか。
もちろん各々の作品や作家を見れば足りないところもあるかもしれませんが、彫刻という概念そのものが無かった時代から、ある程度の社会的な地位を得ることができたと言えます。
ただし、今も昔も小さな市場でしかなく、また、現代の日展の彫塑が伝統美術になってしまっている現状を生み出したのも、この時代の教育法が持つ問題なのでしょう。
そのあたりの掘り下げも行なっていきたいですね。

0 件のコメント:

コメントを投稿